
ミレーはパリのコレラによるパンデミックによって、小さな農村であるバルビゾンへ移り住み、労働者の生活に焦点を当てた作品を制作し、やがてバルビゾン派が形成されたという。僕もパンデミックを境に、暮らしや仕事への心境の変化とともに、山梨の富士吉田と長崎県の小値賀島という東京から遠く離れた二つの場所で制作や活動の場を広げることとなった。自然のなかの素朴な環境と、そこで生活を営む人々に魅了されたのだ。一見、なんの共通項もないそれら2つの土地だが、ある共通点がある。それは“絹” がもたらしたその土地特有の歴史と生業だ。

九州本土の西に位置する五島列島北部の小値賀諸島は、中国大陸に最も近い貿易ルートの一つとして、古くは遣唐使の時代から貿易の要として栄え、日本におけるシルクロードの玄関口でもあり、近年まで養蚕業が島の主要な産業の一つだったという。一方の富士吉田も、寒冷地が故に農業に不向きな土地であったため、古くから養蚕業が行われ、絹の織物を生産する街として栄えた。特に絹の織物は、甲斐絹と呼ばれ、江戸でも“粋”の代名詞として、親しまれたという。

富士吉田と小値賀島でフィールドワークを行いながら土地に宿る営みを綴り、偶然性を交えながらもかつて絹で結ばれたそれらの土地を再び結びなおし、ものづくりを通した仕事と暮らしの在り方を探りたいと思った。

本インスタレーションは、ミレーの作品とともに、土地に刻まれた記憶を辿る中で偶然出会った人々、長い年月を経た古家具や古道具、その土地々々からインスピレーションを得て制作された作品や、新たに出会った作家たちの作品をパッチワークするように美術館の空間に一時的に配置している。まるで引越し後のような展示空間は偶然性が織りなす新たな暮らしと仕事の営みに向けた未来への種まきのようなものであり、可変的な展示空間そのものが作家や職人の偶然の出会いから、想像しえなかった何かがつくり出される制作過程(work in progress)の場である。







