
最近“二刀流” という言葉を日々耳にするようになり、少しホッとしている自分がいた。僕の20代の頃からの活動は自身の創作活動の場であるwrittenafterwardsの活動と、表現の学びの場であるcoconogaccoの活動が両輪となっている。しかし、何度となくどちらか一つに絞ることを周りの知人から勧められてきた。

ある日、富士吉田で出会った織物職人の舟久保さんから「半農半機」という言葉を耳にする。富士吉田は、穀物が育ちにくい環境であるため、古くから暖かい季節には農業を行い、寒い季節には機織りを行っていたという。そのような土地特有の慣例から、富士吉田は生活空間としての家と職場である機場、農地が一体となっている光景が多く見られる。確かに糸づくりの源流は農業であることを今一度思い起こさせた。

また、小値賀島では、島の暮らしと島外での仕事を行き来している方々に多く出会った。例えば、佐世保と小値賀、東京と小値賀、長野と小値賀、アムステルダムと小値賀など、二つの場所を通してさまざまな生活と仕事の形を目撃した。小値賀島は、古くから交易の拠点であり、外部からの人々との交流によって発展してきた歴史があるという。

こうした昔からの生活様式や地域の特色を参考にしながら、個々人が多様な生活を築くことができないだろうか。二つの島を行き来することは、「二島流」と呼んでもいいかもしれないし、僕の活動は「半育半創」と言えるかもしれない。それらのような様々な営みの組み合わせは、歴史を振り返ると本来地続きに繋がっているものだったり、個々人の潜在意識の中ではごく自然に結ばれたものだ。
さまざまな布を重ね合わせるように、時には破れたところを補修するように、自分自身や生き方もパッチワークしながらゆっくりと新しい自分を縫い合わせていければいいと思う。







